残る葉を
風の煽ちて
山葡萄
宮平静子
雨月
■型絵染九寸名古屋帯
国画会/添田敏子作品
白ぶどう
その目に映るすべての形や色が一つの模様となってすーっと香るように、時に染み入る様に身体の中に入ってくる、添田さんはそう表現をされます。 その美意識は工藝染織作家の枠に収まるものではなく、現代画家とも言う方が適っているのかも知れません。 とりわけ西欧/フランスでの評価は高いものがあり、日本美術を工藝や染織と言った決まりきった枠で捉えるのではなく、日本の美、そのものに目を向け注視した結果、フランスで美術批評家賞受賞となったことは即ち添田敏子さんの持つ極めて独創的な作風にフランスの美術界もシャッポを脱いだのだと思います。 添田敏子さんが使う生地もそれだけで味わいがあるものでその生地風は添田敏子さんの作品の力を受け止める野趣溢れるものが使われています。 おそらく塩瀬地や並みの紬地ではこれほど力強く芳醇な染色を受け止めるのは難しいかも知れません。
こちら…、帯というよりも(帯なのですが)もう、一枚の画といってしまった方がわかりやすいのかもしれない、そう、、添田敏子さんが描く一枚の画。 何の気なしに見ているとまるで油彩画でも鑑賞しているかのよう、、。 匂い立つような葡萄の香が感じられる、というのではなく添田敏子さんが創り上げた…、そう、添田敏子さんの目に映る葡萄、いつかどこかで見た葡萄なのです。 一見しただけだと強い色彩が使われているように感じられるかもしれません。 いつかの過去の日、誰かが、徒然に唯つぶやいた言葉、あるいはどこかで見た情景、記憶の中に在るのかどうかさえ思い出せない音や匂いが添田敏子さんのどこかで眠っていて意図しないままに、、熟して、それがこの夢のような絹布となったのだろうか。 そうした目に見えない言葉や記憶、かすかな匂いはまるで綿雲のように添田敏子さんの中のいろんなあちこちに浮遊していて思わぬ時に霧が晴れるかのように色や形となって姿を現すのかもしれない、、。
作品そのものが発する添田敏子さんの作品に共通するエゴ、、。どこにも属さない作品性、誰の作品とも似ていない、、。 目にした瞬間目眩がするような個性…、(私自身がとても好む個性であることは言うまでもなく。) でも、そうした個性的な作品にありがちな奇を衒う感じは微塵もないのです。 あえて申し上げるまでもないのですが、こちらの作品から古典的とか、伝統的、という画一的なものは一切感じません。 染色は伝統的な手法を用いられているのに、。 作者の自己本位的な印象を受けるのです。(と、言ってしまうと制作者は異論があるのかもしれません) つまり、染色のカテゴリーなんて超越してしまっているのです。 古典的であるとか、伝統的であるとか、そんなものはどうだっていい、と言わんばかりに見る者の脳を揺さぶってくるのです。
いつも思うのですが、添田敏子さんの作品の最大の魅力の一つは色を色として使っていること。 可笑しな表現だと思われるかと思いますが、実際そこに尽きるのだと思うのです。 この作品もそう、、色を抑えようという変な(平凡な)意識がかすかにも感じられないのです。 染織作品において多くの場合、色は色として使われず、色目として使います。 この辺りの言い回しはひどく曖昧なので染色をされている人にしか解らないかもしれません。 でも、あえてそのまま表現したいのです。
色を色のまま使う。(※原色のまま使う、という単純な意味ではありません。) 色に妙な細工を加えない。 色の持つ個性、色の持つ魅力をそのまま絹布に映し込む、、。 もしかしたら、、、友禅的表現としては、色目、の方が純粋なのかもしれない。 しかし、色を色としてその機微を余すことなく表現するという一点においても添田敏子さんの作品はどれも魅力的でそうした視点で見る染織としてはある一つの頂点をなすのではないでしょうか。 言い過ぎだとは決して思いません。 実に見事な美術工藝、染織工藝/作品だと思います。
時間をかけて丁寧に創作されたこうした作品は当然ながら使う者(もちろん見る者をも)をいつもの日常とは異なる世界に誘う力をもっています。 そしてこうした魂の宿るかのような作品は、時の経過とともに味わいを増してゆくことはあっても無機質なもののように朽ち果てていくことはないのです。 しかしそれにしても実に魅力的です。 地色もいい、葡萄の実、軸の色もいい、、もう、実に見事…。 どこから眺めても添田敏子さんの色、、。 染織作家はそれぞれ特有の色をもっているけれど… さっきからずっと眺めているのだけれど、時間が経つごとに作品は切なく息づくのです…。
この帯の存在感、言葉を変えれば美意識の漲った迫力…。 葡萄という言わば単純で普遍的なモチーフを独特の切り口で染め描き上げた帯…。 技術的な事を記せば、色を塗り重ねた?油絵ように描かれたタッチが主題の葡萄の色を見事にそこに留めているのです。 そして…、まだまだ他にもお伝えしたい事はありますが、それはお求めになられた方のお愉しみ、ということで。。。 しかし、、見れば見るほどに作品に制作者の美意識が漲っているのがわかります。 こうした帯(絵)は、お使い頂くお着物に想いを馳せてこそ帯となるのです。 なんにでも適う帯であるとは思いません。 もしか、お使い頂いた際に帯適せの難しさを実感されるのかもしれません。 でも、感性の中で上手に適わせて頂けたときはこれまでにお手持ちの帯の中でもことさらに美しい最上の帯となるのだと思います。
では、、。 一体どのような着物に適うのか…。 たとえば上質な無地感覚の紬織物など等…、あえて申し上げれば結城紬、飯田紬、伊奈紬、三才山紬などの生成り、灰桜、桜色、壁色、また翡翠系の緑も素敵ですし、紫系、藍の絣織物、などに適わせて頂きましても、極めて美しい取り合わせとなるのではないでしょうか…。 染めには顔料が使われております。色移りをすることがございますので予めご承知おきください。
■略歴
1931年 東京日本橋浜町生まれる
1950年 森義利氏に師事
1960年 日本版画院展華厳賞受賞
1977年 日仏現代美術展国内賞3席受賞
1979・80年 サロン・ドートンヌ展入選(パリ国立グラン・パレ美術館)
1982年 日仏現代美術展クリティック・ダール賞2席受賞
日本国画会会員
他 多数
商品番号 |
YMY-TGY-01188 |
商品名 |
型絵染九寸名古屋帯/国画会/添田敏子作品 白ぶどう |
品質 |
絹100% |
価格 |
¥864,000 (表地/税込) ¥875,500 (手かがり仕立て上げ税込) ※一級和裁士による手縫い。 ※お仕立てに要する日数はご注文確定後 約2週間~20日戴いております。 |
巾/ 長さ |
※お仕立て上がりの際のサイズは帯巾・八寸~八寸二分/ 長さは九尺八寸程。※多少の猶予はございますのでお訊ねくださいませ。 |
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