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叙事百選集/木版摺り更紗2012年2/29(水)

叙事/その本来の意は事実をありのままに述べ記すこと。また、述べ記したものです。
つまり、主観や論評を避けて事実のみをそのままに述べることを主とする文となります…筈です。
でも、所詮私の書き物です。曇り眼鏡と浅薄な人間性による、偏見と曲解が顔を覗かせます。(笑)
弛緩した私感が時折織り交ざることも少なくありません。ご理解の上お読みくださればと思います。

叙事百選

木版摺り更紗---丸文様更紗


異国情緒を愉しむ…/

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更紗の語源や渡来に関する記述を文献などを紐解き調べ感じたことなのですが、そこには是之の説が有力とされる、云々の頃と推定される、等々、語尾/文末を“される”、と表記している書物が多いようです。そも、更紗の語源でさえ諸説あり、そのいずれも確証はないのですから当たり前といえばそうなのかもしれません。類別すれば、更紗の名称で呼ばれる染織工芸品には、更紗の起源とされるインド更紗のほか、ジャワ更紗、ペルシャ更紗、シャム更紗など、まだ他にオランダ更紗、ジューイ更紗(※フランスの更紗の名称)など、実にさまざまな更紗があります。シルクロードに浮かび東へ西へと渡った証とも言えるのかもしれません。


さて、更紗をごく一般的な解釈で説明すれば、草花・樹木・人物などの文様を手描きや蝋防染を用いて多色に染めた木綿布となるかと思います。でも考えてみれば、木綿布と言う箇所を除いて言えば日本の友禅も文字にすれば上述に大きく異なることもなく、染色技法や文様/模様だけで更紗の定義を確定することは土台無理があると言えるのかもしれません。


日本の染織工芸史を見てみますと、日本に伝わり日本固有の更紗「和更紗」として発展を遂げたものに鍋島更紗があります。その他、江戸時代後期になると日本の各地で更紗を範とした染め物が製作されるようになります。なかでも天草更紗、長崎更紗、堺更紗、京更紗、江戸更紗などは有名ですね。染色技法としては、手描きや木版のほか、日本独特の技法である伊勢型紙を用いた型染めもあります。


鍋島更紗は1598年、九山道清(くやまどうせい)なる人物によって始められたとされ、染めには木版と型紙が用いられたようです。焼き物の鍋島焼と同様、佐賀藩によって保護奨励されていましたが、鍋島更紗の伝統は明治になって一時途絶え(廃藩置県の混迷に影響されたものかもしれません)、1960年代になって郷土の染織家鈴田照次が復活したとされています。(現在ではご子息の滋人氏が跡を継ぎ、重要無形文化財技術保持者※人間国宝に認定されています。)


天草更紗はこれまでの通説によれば江戸時代の文政年間にオランダ人に伝授を受け、富岡町の森伊エ門の先代や城河原の金子為作によって始められたとされています。(※尤もこの説には異論も多く、そも、天草更紗の存在それ自体を疑問視するものもあります。一言で記せば、天草更紗を確りと定義する文献/資料がない。特徴付ける古裂も存在しない。つまりは天草更紗と固有に類別出来るものはないという説で、私はむしろ異論の方が正しいのではないかと思っています。)異論、反論、オブジェクション(笑)の真なる意味合いは私などに判るものでないけれど、単に知識の誇示、異見や自論を述べたい方々の自己顕示による文字の羅列に終始するのであれば、それはあまりにも感心出来るものではなく、そうした類も少なくありません。


独自の発展を遂げた和更紗は着物や帯に留まらず、和装小物、風呂敷、布団地、更には調度品の金泥や瀞金、彫文様などにも用いられています。染められる着物や帯の素材はインド更紗と同様に木綿が主流でしたが、大正時代末期頃から更紗文様が絹の着物や帯に染められるようになり、18世紀も中盤から終わりにかけて銅版ローラーの発達と共に欧州の化学染料による更紗プリントが普及しました。ただ、これを更紗と称するかには些か疑問も残ります。これらは文様が「更紗調子/異国風」であるという点以外、これまでに染められてきた着物と差別を図れるものではなく、やはり更紗調、とか異国風の染め物の域を出ないとしか言い表しようはないのだと思います。今回いろいろな文献、書物を紐解き思うのだけれど、そこには百人百様の思想があり、それによった解説がありました。いろいろな意味で興味深く拝読しました。正しい記録が残されることを願うばかりです。


画像は古渡更紗を忠実に再現し、木版に彫られ、絹布に染められた丸文様更紗/京袋帯(※名古屋帯の長さで袋帯の仕立て形状のもの)です。価格は¥121,350(※お仕立て上がり税込価格)です。商品頁には掲載されておりませんのでご関心の有られます方はお尋ねくださいませ。


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