【手描き友禅九寸名古屋帯】
―採光放って花は重る―
素描
山本由季作品
薔薇/紬地



黄の薔薇の朝露にそぼる情景を想う。　風に踊る葉々の緑、永遠のような美しさもまた消えてしまうから美しいのかもしれない。陽光の降り満ちて更にその黄はあざやかさを増す。朝靄に揺らゆらみゆるコノハズク。　自然の草花や果実、動物たちをこよなく愛する。　本作品も前作品同様、山本由季さんが意識、無意識のうちにインプットしたものをやわらかな思考の先でアウトプットしたもの。　ナチュラルな筆跡、自然を愛でる山本由季さんの記憶や憧憬が籠められていてそこが素敵だと思う。　丹念にスケッチされた対象物を多彩な手わざで表現する。　身近にある自然の息吹を想いながら、独自の作風で描き、染め上げる。　スケッチをそのままではなく愛情を感じるデフォルメのやわらかさ…、手描きならではの繊細さ…、手描きの持つ温かみ…、その作風はまさに山本由季にしか描けない画情が溢れています。　夏も終わり、秋の光からその身を隠すように彩られた由季さんの薔薇、どこか儚げでそよぐ風に揺れる繊細な風情…。　由季さんの住まう北の地の早い秋を想わせてくれます。　　

灰色の地に描かれた薔薇。　ご覧いただけますように古典的な手描き友禅という技法を用いながらも、古臭い印象を想わせるところはありません。　比類なき美の才能に「美しさ」は宿るがごとく、「比類なき染色」から感じられる美しさ。　ここで言う「比類なき」とはそこに表現された構図と染色の質が極めて高く、決して他と交わらないと言うこと。　こうした構図、表現、それは他に真似たものを探すことは出来ます。　しかし、別々に見たそれらは確かによく似た印象を与えるのかも知れません。　でも同じ空間で見比べたそれは、やはり明らかに似て非なるもの。　加えて言えばこのような素描で仕上げられた染色は僅かな「やり直し」を受け入れてはくれません。　過分が在ればその一筆でバランスを失ってしまう。　彩表現には華燭絢爛なものにはない、厳しさが確実に求められるのです。　 　

朝靄に浮かび上がるかのように描き上げられた薔薇、山本由季さん特有の画風であり、衒いを憶える部分は一切なく、手描き友禅特有の甘やかな旋律を感じます。　それとともに感じるのは絵画的な画風（画家であられたお父様の血筋なのでしょう。）そう、絹布に描かれているのですが、一枚の画、のよう。　薔薇の画に山本由季さんの心情が投影されているかのように繊細で美しいのです。　本作品は紬地に描かれています。　袷の紬や木綿からお単衣の紬や御召まで、感性の赴くままにお使いいただければ、と思います。　少し捕捉をしておきますと、お太鼓の裏部分にまで薔薇の蕾が描き染められています。　こんなところにまで、創作の熱が映るのです。　そして実際、ちらりと見えます。