水流の「季・とき」折々・・・
「季・とき」折々・・・ 2008年 12月14日(日)

H・Pをリニューアルして一番多く頂くご質問が「琉球染織」について、と こちらの「季・折々・・・」の駄文についてです。 琉球染織は数年前からの沖縄人気が現在も続いているわけで 長きに渡り不況の首位争いを演じ続ける呉服業界にあって極めて優等生な存在で、昨今のスポーツ界に例えるならば石川遼君や浅田真央ちゃんのような存在と言えるのでしょうから ご質問の多いのも頷けるわけなのですが、、この駄文を読まれて次の更新はいつか?などとお待ち戴くのはいささか気恥ずかしい思いもするわけです。(※と、言う訳で、毎月の初め/1回とさせて頂きました「季・折々・・・」ですが、時間の許す限り(許しそうですが・・・)月の中旬の2回とさせて頂くつもりです。※あくまでもつもりです。)(笑)
さて、今回は私の駄文の話などではもちろんなく、ご質問いただく琉球染織についてなのですが・・・ 中でも一番多くご質問頂きますのが紅型について。 「紅型にもいろいろあるようですが、本紅型と紅型は違うものなのですか?」 です。 現在紅型と称されるものには大きく分けて保守本流とされる本紅型とその他の紅型があると言えます。 その歴史を背景とした学問として捉えるのか、ひとつの染織として捉えるのかによってもその答えは異なるのかも知れません。 古代紅型の型を用いたもの、筒描きによるもの そうした定義もあるのではないかと思います。 ただ、思うのですが、基本的に装いとして楽しむのならば紅型の保つ雰囲気/表情を愉しめば良いのではないかと思うのです。
現在 敢えて紅型の類別をするならば本紅型の作家の工房にて染められたものであるか否か?と言う捉え方をする事が出来るかと思います。 紅型の作家の中には琉球王朝/氏族に仕えた三宗家と呼ばれる紅型工房を持つ作家がいます。 知念家・城間家・沢岻家がその三宗家と呼ばれています。基本的に本紅型と呼ばれているのは宗家とその高弟による作品とされています。 もちろんではありますが、紅型友禅の作家はその三宗家/高弟ばかりではありません。 紅型友禅の人間国宝「玉那覇有広」氏による作品も疑いなく本紅型である筈です。 そして戦後の紅型復興の礎を築いたのが栗山吉三郎氏・芹沢圭介の両氏であることはつとに有名な話でもあります。 また沖縄で本紅型を修得され本土にて紅型工房を開かれ、内地に於ける紅型友禅士として認定されている方も少なくありません。
折に触れ想うのですが 本紅型に限らず、何かの作品を種別する際 ときに作家や工房に拘り過ぎる事があります。 しかし、果たしてそれが「きものを装う」と言うことにおいて、どれほどの意味を持つのでしょうか・・・ 収集家/コレクターとして作品を種別して集める、 また、美術館や博物館が自館のテーマに適ったものを収集する、など そこに適った意味合いを持つ場合も もちろんあります。 ただ、きものを「着物」として 「装う」ことが目的、であるならば 基本的にきもの業界の利益に適った情報/宣伝に左右されたり、振り回されたりすることは 本来のきものを「装う」と言う、楽しみとは、かけ離れたものになってしまいます。 また、いつもお話させて頂きますように ○○作 である とか、○○工房 の制作である と言う事は あるひとつの側面であって、品質が良いという事とは必ずしもイコールではないのです。 あくまでも、“情報のひとつ”でしかなく、品質を“保証するものではない”のです。 あまりにも誤解を招く情報や誤った知識?が氾濫している為 こうしたページには相応しくない話題とは思いましたが、一言添えさせて頂きました。
さて、こちら、、、 京都の紅型友禅作家、栗山吉三郎氏によって染められた紅型友禅です。先代栗山吉三郎氏に師事し現在では内地に於ける紅型友禅士として沖縄の作家と並ぶ評価を受けております。 もちろん定義としての本紅型ではありません。 ただ、これほどの仕事が施された紅型は定義としての本紅型と比べてもいささかも見劣りするものではないものなのです



