きもの専門店
そう謳うのは覚悟と精通が問われます
着物に関わり四十年と少し…
まだまだ学ぶことばかり…
きもの、って知れば知るほど知らないことばかりです

その多様さゆえに定義付けることの難しい更紗
古渡にはじまりペルシャ、フランス、イギリス、…
  バティックとして知られるジャワ更紗もありますが、日本の職人の手による和更紗の美は
やはり格別です
―唐草小花文―

暈したり、一層の斑も許さなかったり
澱みの様に堆積した手わざが意図して刷毛を捌く…
かのフィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホさえ憬れた
日本の職人の筆捌き

染織作家の手から放たれた作品は
一つの花、一つの蝶、一つの鳥、に
生命が吹き込まれているのです 
添田敏子 ―白ぶどう―

もしかしたら
この小さなキモノ店は
アナタをドキドキさせることが
出来るかも知れません
どうぞ遊びにいらしてください 

水流の「季・とき」折々・・・

「季・とき」折々… 2011年 11月14日(月)

季・とき折々…

■無題


少し機を逸したお話ではありますが、先ごろ、私の出身校が、学校創立50周年を記念して企画した、小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトリーダー、JAXAの川口淳一郎氏をお招きしての講演会に車を走らせ行ってきました。宇宙話には目のない私、初めのうちは全身を耳にして聞いていました。 でもそれも束の間、仕事の疲れか、家庭の疲れからか次第に舟をこぎ出し、半開きのくちからはよだれがツツーッと垂れ、落下寸前ヒュッ、左右を見る、胸を撫で下ろす、を繰り返していた…、と思っていましたが、後で聞くところによれば、同行の上様は一部始終を掌握していたようです。


氏は学生耳に適わせたかのような早口で、老いぼれの私にはまるでイタリア語の方言か何かを聞いているかの様、いつしかお話は遠くでこだまするようになり、やがて睡魔という魔物に道を塞がれてしまったようです。要所要所記憶がありません。日常においても要所要所、肝心要のところで意識は朦朧としていますのでその日が特別な訳ではないけれど。


講演の終了後には質問の時間が設けられていましたが、予め主催者側の学校で質問が用意されていたようで、それを在校生が元気よく手を挙げて訊くといったものでした。未確認飛行物体とその乗組員に関して最先端の宇宙科学者の第一人者である教授のお考えを知りたかった私にとっては少々残念なことではありました。



それにも増して講演以上に?印象的であったのが、私の在校当時、風紀の取り締まり?の厳しさにおいて県内随一とまで言われた我が母校の変わらぬ規律でした。檀上で司会をされた風紀指導の教員の風紀指導?は当時を彷彿とさせるもので、まるで会場には生徒しかいないと思っているかのような司会ぶり。会場の風紀の乱れは一糸たりともこの私が許さない的な空気の読めぬ司会ぶりにはとても驚きました。会場に居るのは生徒だけではありません。一般来場者も来賓客も居るのです。眼を開き、恥を知り、分をわきまえることが必要なのは言うまでもないことです。学知だけを説いてみたところで、生徒はおろか、我さえ正しく導くことは出来ないでしょう。




さて、特別な知能を持たされたはやぶさですが、地球を離れてから一年半もの永い時間をかけて星のかけらのような天体に到着し、着陸を試み、砂まで採取するという偉業を成し遂げたのはご存知の通りです。然しよくよく考えてみたらすごい事です。月や火星のような大きな天体を目標とした訳ではないのです。イトカワの大きさはと言えば 540m×270m×210m、こうゆうとき、よく東京ドーム何個分と例えますが、分かりません。でも、たぶん月と比較すればほこりのような大きさの天体です。しかも平地の殆どないでこぼこの落花生のような形状です。しかもそのイトカワさんは宇宙の彼方にいる… そんなところを目がけ見事に着陸を果たしたのです。仕事を終え家へ帰る道、曲がり角すら普通に気付かず通り過ぎるようになった私とはえらい違いです。



途中、数々の深刻なトラブルに見舞われ、何度もミッションをあきらめかけるものの奇跡的な回復を遂げ、ついには任務を遂行したはやぶさ、知能のみならず、生命や、その最後には人格まで与えられたはやぶさ、彼が地球に帰還する際に最後の力を振り絞るかのように見せた流れ星のようなひとすじの美しい航跡… その生命が散りゆくかの映像はとても儚いもので、観る者の涙を誘うものでした。はやぶさの最期となった大気圏突入の映像を同じ思いで観た方もきっと少なくないと思います。私も最後の時くらいはこれくらいの頑張りを見せたいものです。


余談の中に余談を重ねますが、そんな偉業を果たしたJAXAに対し、得意満面の鼻持ちならない面持ちで事業仕分けしようとした大馬鹿者がいましたね。多くの民の空気も読めないでどうして民の代表たる政治家など務まるのか。まさに厚顔無恥ここに極まれりの手本を見ているようでした。何の大先生なのか知らないし、針の先ほどの興味もないけれど、お互いを先生と呼び合いてかてかの笑みでご満悦している暇あれば、まず手始めに、いかにも多すぎてまさに寄らば烏合の衆と化している貴方達議員の定数大幅削減、議席の仕分けをして頂きたいものです。民の為の政治とのたもうているのならば尚のお願いです。貴方達がことあるごとにくちにする”民意”はそんなにたくさん要らないと答えているのだから。



話は戻り道中のこと、同行の女帝は「はやぶさ」なんて食べられないものにはとんと興味もない様子で言わば単なるドライブ、往路、昼ご飯にチョイスしたモスバーガーの高級品、とびきりハンバーグサンド「チーズ」を食べたことが一番の思い出になったようです。セットで注文したオニポテのポテは2本くれましたが、オニオンはくれませんでした。恩を知らしめねばなりません。厳しい風紀指導が必要ですが、私の手に負えるものではありません。



いつものようにころころとお話は変わります。これまでに幾度か作品を創作戴いている女流染織作家の小熊素子さんと先日メールのやり取りをしました。それとなく制作をお願いしていた着尺がなかなか届かないなぁ…と、ふと思ったからなんですが、なんでも機を新しくしたのだけれどなかなか手に身体に馴染むところまでゆかず、それゆえ大きな作品(※着尺)が織れず、いま小物などを制作されているとのこと。長年に渡り愛用していた機は少しずつ歪が生じるようになり、それで新しくされたのだそう。きっと私のような鈍にはわからない微妙な程度のことなのだろうと思います。


小熊素子さんに初めて作品の創作をお願いした際、後に戴いた自己紹介の中にこのようなことを書き記されていました。「いつも自然の中の一個として生きることを望み、糸を選び,灰を作り、草木を採取し、糸を染め、体を使って織り、布にする。日々、心のやすらぐ物を創るように心がけております。」 郡上紬の人間国宝 故、宗広力三氏に学び、染織の礎を築かれた彼女の作品はやはり郡上紬の色濃く引くものなのですが、その織は小熊素子さんの素朴なお人柄が色濃く織り込まれたもので、小熊紬と銘されても良いのだと思います。織り上がり、届きましたら、HPに掲載致しますのでお待ちください。私も気長に首を長くして待っています。随分前に首が無くなった私です。本当に首が長くなるのならいくらでも待つのですが…。




【掲載画像に付いて。。。】
こちらは現代では古典的な手法となる糸目友禅で描き上げられた黒留袖です。ここまでの仕事を見せられるともう非の打ちようがありません。図案、下絵、青花、糊置き、彩色…と、どこを見ても完璧なのです。友禅とはこうあるべきとした見本のような仕上がりです。最近のものではありません。少し前のものとなりますが、現在ではなかなかここまで美しくかつ完璧に描き上げられた作品を見る事は本当に少なくなってしまいました。それゆえ尚更このような仕事が施された友禅が際立つのかもしれません。あらためて申し上げるまでもありませんが、こういう仕事をプロの仕事と言うのです。私も、政治家ごっこしている幼(稚)児達も、よくよく見習わなくてはなりません。


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