水流の「季・とき」折々・・・
「季・とき」折々・・・ 2009年 03月9日(月)

□リフォーム
TVでお馴染みの食べて痩せるダイエットに懐疑的な私が始めたのが飢餓ダイエット。それが功を奏したのか、はたまたインフルエンザで生死の境を彷徨った?からなのか、自重がとうとう大台を切りました。それまでの85キロgが目出度く79,5キロと言う程度ではあるのですが…とは言え変貌を遂げた訳です。 見た目にそれと悟られるような事はありません。 でも間違いなく痩せたのです。 これで晴れて「魅惑のSlimBody」の仲間入りです。
その訳は… これまでの「魔のトライアングル」と呼ばれた食生活を改善したのです。 この「魔のトライアングル」 北京ダックの養殖のごとく晩御飯が胃に詰め込まれた直後にその儀式は始まります。 私は幸か不幸かアルコールはやりません。その分コカコーラをやるのです。おそらくジョンディリーと同じくらい…
とりわけ米に目がない私は晩の晩餐で軽く3杯は白米を食べます。(注・食べてました) しかも性質の悪いことに家内がちょっとよそ見をしている隙を盗んで相手のご飯茶碗から、こちらのご飯茶碗にご飯の瞬間移動を試みたりもするのです。 そしてディナーでさんざん炊き立てを食したあと、徐に好物の煎餅をポリポリやり出すのです。 暫くして醤油味にも飽きてきた頃、クチ直しにと時折チョコレートなるものを合いの手に挟むのですが、これがまた口の中でまっっったりとして格別な美味しさな訳なんです。 そしてまったりと、チョコレートが口中に広がった頃、おもむろに、満を持してコカコーラの登場となるのです。 そして口中をコカコーラで満たし その豊潤な香りに酔い 洗浄し、さっぱりしますとまた無意識に煎餅→チョコ→コカコーラ・・・煎餅→チョコ→コカコーラ・・・これがいわゆる「魔のトライアングル」です。 そして最後には自分でも胸が悪くなるのです…
あ、いま 笑いましたね… いえ、絶対に笑いました。 しかも鼻で… 50を越えたおじさんが コぉカコぉーラぁ… と完全に語尾を上げ気味に笑ってますね。。。 ま、いいです。何と言われようと失笑されようと好きな物は好きなのですから仕方ないのですが…。 ところがです、薄々自分でも感づいてはいたのですが、いまの体重はいかほどか? と、あえて目を背けていた体重計に正月明け乗ってみました。 その時の驚きはとても 言葉にて表現出来るものではなく 流石に驚き、飛び降りてしまいましてました。 針が85キロgの目盛りを少し超えていたのです。(年末82キロg) 何かの間違いであって欲しいと星に願いながら、体重を掛けないようにそ~っと乗ってみたり、端っこに乗ってみたりしてみましたが、「臨機応変」も知らないのか、融通が利かないと言うのか、社交辞令の一切ない体重計の奴の示す目盛りは無情にも結果は同じなんですね。 ここ最近、敢えて体重計とは距離を置いていたことも、よくなかったようです。 で、一大決心、身体のリフォームを決意したのです。
ところでリフォームと言えば。。。
ここ最近 リフォームについての問い合わせ/依頼をたくさん頂くようになりました。(取ってつけたような強引な前ふりでしたね) もちろんキッチンやベランダのことではありません。 「着物」のリフォームです。 ただし、着物→洋服 と言ったリフォームのことでも もちろんありません。 “着物を→道行コート”に。“着物を→帯”に。取れないシミを刺繍や柄を付け足して隠してしまう、等などの様々なリフォームです。 ちょっとそれで目が回るくらい忙しいのです。 ま、弊店の得意な仕事のひとつでもありますし、H・Pの「着物のお手入れ方法」にそうした情報を記載しているのは 誰あろう他ならぬこの私でありますから 不満を申し上げている訳では決してありません。 時節柄「何贅沢な悩みを言ってんの!」 とお叱りを受けるのは覚悟の上で申し上げますと 正直忙しく「いっぱいいっぱい」なのです。
つい、先日も ご来店されたお客様が、「祖母から着物を貰ったのだけれど どこもかしこも短い、小さいで何とかならないかしら?」 と、着物を持ち込まれました。 いろいろお話をさせて頂きながらすべての寸法を採寸させて頂いた上で申し上げました。「着物」としてお客様のサイズに変えるのは難しいのですが この素敵な柄を生かして「帯」として再生させたらいかがでしょうか? と申し上げました。 その方、「目から鱗」であったらしく あなたアタマいいわね~!と思いっきり私の背中をパシ~ンと叩いたのです。(たぶんその方、私よりも年下だと思うのですが…) …ま、それはともかく、別に私のアタマが良い訳では決してなく しかも、私が直接チクチク仕立て直しをする訳でもなく、今までの経験からご提案させて頂いただけなのですが、ことのほか喜んで下さいました。 確かに一昔も前の着物は本当に小さいものが多く、加えて反物の幅、それ自体が狭いので 現代の手足の長い方にはどのように工夫しても「裄」が出せなかったり、身丈が取れなかったりするのです。 でも角度を変えてひとつ工夫を凝らすことで「帯」として生まれ変わったり、道行コートとして生まれ変わったりする訳なのです。 つまり思い出の品が 形を変えてまた その方のきものライフに舞い降りることになるのです。
実はこうした仕事は 手間がかかる割に利益の上がる仕事ではありません。 ほとんど御奉仕のようなものです。 しかし、こうした悉皆仕事を引き受けてくれるところが減ってきたいま ますますそうした仕事を存続させる事の責任の重さを感じるとともに 再生された品をご覧頂く時のお客者の喜ばれるお顔を想うと なんとしても素敵に生まれ変わらせて上げたいと思うのです。 確かに一枚の着物を新しく誂えて頂き、お仕立て上がり、真新しい文庫紙を広げて頂くその瞬間も実に良いものではありますが、 建築で言えば古民家を再生させた時のような充実感にも似た満足感、こうしたことも呉服屋冥利に尽きる瞬間でもあるのです。 また、信頼されお任せ頂いた… あ、オカシナ雲行きですね。。。 これ以上このまま続けますと またまた「クチグルマ」と言うクルマのガレージが開く恐れもございますので、今回もこの辺りで“スマート”に終わりたいと思います。
こちら、古い紬の着物から新しく「帯」として生まれ変わりました。 なかなか素敵ではないでしょうか。
ではでは。。。



