きもの専門店
そう謳うのは覚悟と精通が問われます
着物に関わり四十年と少し…
まだまだ学ぶことばかり…
きもの、って知れば知るほど知らないことばかりです

その多様さゆえに定義付けることの難しい更紗
古渡にはじまりペルシャ、フランス、イギリス、…
  バティックとして知られるジャワ更紗もありますが、日本の職人の手による和更紗の美は
やはり格別です
―唐草小花文―

暈したり、一層の斑も許さなかったり
澱みの様に堆積した手わざが意図して刷毛を捌く…
かのフィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホさえ憬れた
日本の職人の筆捌き

染織作家の手から放たれた作品は
一つの花、一つの蝶、一つの鳥、に
生命が吹き込まれているのです 
添田敏子 ―白ぶどう―

もしかしたら
この小さなキモノ店は
アナタをドキドキさせることが
出来るかも知れません
どうぞ遊びにいらしてください 

水流の「季・とき」折々・・・

「季・とき」折々・・・ 2009年 04月04日(土)

綴れ帯

手に職

私がまだ若い頃、大人たちからよく聞かされた言葉「手に職」。 つまり「手」に「技能」を保つこと。 手に職が有れば食いっぱぐれる事はないから、 なんてよく聞かされた記憶があります。 
そうした「手」に「技能」を染み込ませた「ひと」を職人と呼びます。 着物や帯などの和装品に限らず、日本の「伝統工芸品」の多くは そうした「職人」と呼ばれるひとたちによって制作されてきました。(※量産品としての着物や帯は異なりますが。) 広義に解釈すれば、書家や画家なども職人と言えるのかも知れません。 もちろん多くの先生方は「先生」とか「作家」と別の名称で呼ばれることを好まれますが、「手」に「職」と言う意味においては職人でもあるのだと思います。 

ま、そんなことはどちらでも良いのですが、着物専門店を営む弊店では、そうした職人さんとの仕事のやり取りが少なからず有ります。 着物や帯に友禅を施す友禅職人、ほかに刺繍の職人・入紋職人・悉皆職人・和裁職人… 様々な職人さんたちと仕事をしている訳です。

今回はその中の 友禅職人さんについて。 

ひと括りに友禅職人であれば、何でも出来るのかと言うとそうではありません。 やはり、職人さんによって得手不得手があります。 山水画を手掛ければその右に出る者なしの職人、花鳥を描かせれば、その匂いや囀りさえも写し取るがごとくの技能を保つ職人、 つまり、友禅と言う中にあっても 更に細分化された世界があるのです。 もちろん何でも器用にこなす職人も居られます。 しかし多くの場合そのどれもが突出した才能を感じさせてくれるものではなく、むしろすべてが“可もなく不可もない”平凡然としたものが多いように思います。 

ところで弊店のお客さまの中に、ときに、「私は人形の柄は好まない、人形に限らず、“目”のあるものは総じて好きではない」とおっしゃる方が居られます。 私も「人形」の絵はあまり好きではありません。(※動物などの意匠は結構好きな方なのですが) 人形は「顔が命」などと云われます。 確かにその通りだと思います。 もっと言うならば「顔が命」よりも「表情が命」ではないかと思います。 顔/表情が出来れば、その絵の半分は完成したようなもの。とも。 それほどに「表情」は肝心要であり、作品の出来映えを大きく左右するものなです。 こうしたページを覗かれる方ならば、ご存じかと思いますが、加賀友禅の代表的な作家であった「由水十久」(※故人)は童子を得手とし、いまでも先代の作品は驚くような金額で取引をされているようです。インターネットで他店のH・Pを覗きますと ¥25,000,000なんて価格のものもありました。二百五十万円ではないですよ、二千五百万円… ちょっとこれでは「着る」ことは出来ませんよね。 もちろん、それくらい何でもない、と言われる方も居られるのでしょうけれど… 弊店においてもこれまでに数点の取扱はありましたが、確かに価格に照らして相当かは別として素晴らしい作品であることに違いはないように思います。 さらに言えば、こうした作品はもうすでに「着物」ではなく、「美術工芸品」と言った方が良いのかも知れません。 また人形が好きではない私が唯一見入ってしまった作品が由水十久氏の「雪持ち童子」であるのです。 正に「手に職」そのもの 他に形容する言葉の見付からない、文字通りの「手」に「職」 「筆一本」を評価された職人(※作家)なのだと思います。 

そこで私はと言うと… 「手に職」はないのです。 もちろん頭脳明晰でもありませんので アタマに職もないのです。 でも商売をしているから クチが達者なんじゃないの?と言われますが、くちべた故に「クチに職」も有りません。 では、無職なのか? と、言いますと たったひとつだけ有るのです。 それは…「目に職」。 青二才から今日まで 四半世紀に渡って様々な織物/染物を興味津々に見続けてきたせいか 段々「見る目」が肥えてしまったのです。 とりわけ青二才の内は、玉石混交の「玉」と「石」が見分けられないのです。 つまり、相手の言うまま、いい様につかまされる訳です。 何にも知らないのですから… いま思えばいろいろ痛い目にも遭いました。いや、遭わされました。 消費者の方と同じように高い授業料を払ってきた訳です。 弊店に一見さんでお越しになられるお客様も、話を聞かせて頂くと いろいろなお店で高い授業料をお支払いされてきて弊店に辿り着いたなんて方も多く居られます。 たしかにそうしていろいろ苦い思いをされる事も、着物を勉強する上で、まったくの無駄だとは思いません。 思いませんが、やはり、こんなご時世です。 無駄な買い物は極力避けたいと思うのは当たり前かと思います。 ですので、弊店では 折角お越し頂いたお客様にそんな苦い思いはして欲しくないと思…  あれッ!… 今日は本来の私の姿である 真面目な切り口でスタートした筈なのですが、いつのまにやら またまたクチグルマが…  懲りないですね。 あ、でも クチに職がない と書いたのは本当ですよ。 

こちら、由水十久氏の作品以外で 唯一 素晴らしいと感じさせられた逸品です。袋帯としての作品となります。 訪問着/付け下げなどに どうぞ。 もちろん非売品などではございません。

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