きもの専門店
そう謳うのは覚悟と精通が問われます
着物に関わり四十年と少し…
まだまだ学ぶことばかり…
きもの、って知れば知るほど知らないことばかりです

その多様さゆえに定義付けることの難しい更紗
古渡にはじまりペルシャ、フランス、イギリス、…
  バティックとして知られるジャワ更紗もありますが、日本の職人の手による和更紗の美は
やはり格別です
―唐草小花文―

暈したり、一層の斑も許さなかったり
澱みの様に堆積した手わざが意図して刷毛を捌く…
かのフィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホさえ憬れた
日本の職人の筆捌き

染織作家の手から放たれた作品は
一つの花、一つの蝶、一つの鳥、に
生命が吹き込まれているのです 
添田敏子 ―白ぶどう―

もしかしたら
この小さなキモノ店は
アナタをドキドキさせることが
出来るかも知れません
どうぞ遊びにいらしてください 

水流の「季・とき」折々・・・

「季・とき」折々… 2010年 9月24日(金)

季・とき折々…


□山椒は小粒でもピリリと辛い?


その意は「山椒の実は小さくても、非常に辛い。 つまり、からだは小さくても、気性や才能が鋭く優れていて、侮れないことのたえ」 と広辞苑。  さてそこで弊店 名古屋市内はもとより全国の呉服店の中でもおそらく指折り数える 小さな(売り場面積の)呉服店ではないかと思います。 で、山椒のようにピリリと辛いのか? と言うと 辛くはないのですよこれが…。 つまり、お店の大きさは山椒のごとく小さいけれど、「店主の気性や才能が鋭く優れていて侮れない」 なんてことは小指の先ほどもない訳です。 商品も、仕入れ先も、和裁士も、係るすべてはそれぞれ一流と自負いたしているのですが、問題は店主の私…。 それが一流ならばきっと山椒のようにピリリと辛い筈…。


さて、暦は秋分 もうすでに九月も終ろうかとしています。 一年の過ぎるのは早いもので一週間なんて瞬きする間に過ぎ去って行きます。 ものの本によれば生後一週間の赤ちゃんの一日は人生の七分の一日 五十を過ぎたオジサン(私)の一日はそれまでの人生の一万八千何百分の一日 だから一日が早いと感じるのは当たり前  それゆえ一週間も当然早く過ぎ去るように感じるのだそうです。 ふ~ん???… 解ったような… 解らないような… それって数学的にも理論的にも破綻はないのか? いまいち詭弁を弄されているような気もする。 ま、そんなことはどちらでも良いのだけれど。 では「日」に換算すると わたしもまだ生後19700日程度か、たいしたことはないな。 でもまてよ、もし私の余命があと15年と仮定すると5475日、何かの手違いで20年生きたとしたら7300日 これを長いと思うか短いと思うか。 心ならずも終身雇用制度がひかれた我が家 もしもこの先15年働くということは まだ5475日も働かないといかんのか。 過酷な現実を自ら見付けてしまった感じだな…。 でも楽しみが無い訳ではない。 毎日こっそり500円玉貯金に励めば ¥2,737,500も貯まる計算になる。 途中、女帝の臨検に遭い、厳しい取り立てに遭ったとしても(確実にある)在り処については黙秘権を行使すればよい。 嘘発見器にかけられるかもしれないが、その時は気絶してしまえばどうってことはない。



と、ここまではいつものように愚にもつかない余談、ここからが本題です。 いよいよ九月も終り十月に入れば袷の季節になります。 先々回のコラムでは単衣に適する着物地/帯地に付いて触れましたので今回は季節に適う着物の装いについてお話をしたいと思います。 おさらいをすれば9月と6月は単衣の着物、10月~5月は袷の着物、7月と8月は薄物(夏もの絽-紗)となっています。 つい先日もこんなお尋ねを頂きました。 「10月の2日の土曜日に着物で出掛けようと思っています。 かしこまったお席などではなく、親しい友人とのお食事会なのだけど”袷の着物”を着ないといけないかしら?…」 と。 そこでいつも不思議に思うのですが、何故こと着物となると事程左様に考え方が古典的になってしまうのか。


すべて物事をシンプルに捉えるその方はお話をしていても明晰を欠く事もなく、洋服の着こなしもSense溢れる素敵なミセスです。 折々の装いも季節感を取り入れながら、たとえ季節は秋であっても暑いと感じられる日は、いわゆる季節感+その日の気候-体感で上手にお洒落を愉しんでおられます。 でも、やはり着物となるとどうしたら良いのかわからなくなってしまうようです。 これはあくまでも私の個人的な見解で押し付けるつもりも必ずしも正しいとも申しません。 厳格で古式床しい老舗呉服店の主から御小言を受けるかもしれません。 その上で敢えて申し上げますと カジュアルな着物の装い、私的な着物の装いとは 着物でお洒落を“愉しむ”訳です。 それなのに現代の日本の気候にはまったくそぐわない(と思われる)古の着物のお約束(衣替え)を持ち出して当て嵌めることに意味が在るとは思えませんし、加えてその事が着物を愉しむことに繋がるとも思えないのです。 もちろん現代でも古に法り、古のままに衣替えを解釈される方もいらっしゃると思います。 それを否定するつもりはありません。 でも、その日の気候と装いにどこかしら違和感を感じられたり、実際の日和に適わない、なんて思われる方は 普段の洋服と同じようにご自身の感覚を優先されれば良いのだと思います。 


カジュアルな装い/私的な装いに間違いや正しいはありません。 日常の着物は礼装の着物とは別物です。 難しいお約束事はあくまでも礼装の着物のことと割り切れば良いのです。 式事に着物で出席される際、またホストサイドとしてお客さまをお招きする際はあくまでもそれなりのマナー/お約束事が優先されます。 でも、それは何も着物に限るものではありません。 お洋服でも同じ事です。 あくまで着物を愉しむ事が目的である私的な装いにまでそのようなお固い約束事を持ち込む必要はないのです。 個人的な楽しみの場 カジュアルな集まりなどは着る人の感じる”暑い/寒い”の感覚を最優先されれば良いのです。 なにも着物だからと ことさら畏まり難しく考える必要はないのです。 所詮着物は「ひと」が「着るもの」 お洒落は自分自身に想いを馳せるもの、愉しんでこそ、ではないでしょうか。


【掲載画像について…】
※正倉院宝物に保存される帯剣の平緒を範として織り上げられた組み織りの帯地 こちらは380玉という極めて手間の掛かる技法にて組み織りされた貴重なお品となります。 また、ネット上でよく見掛ける類似品とはその出自/出典とも、まったく異なるものとなります。

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